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広島地方裁判所 昭和51年(行ウ)19号 判決

広島県芦品郡新市町大字下安井六〇九の五

原告

鎌倉一好

右訴訟代理人弁護士

服部融憲

井上正信

右服部訴訟復代理人弁護士

阿波弘夫

大国和江

広島県府中市鵜飼町五五五の四〇

被告

府中税務署長

右指定代理人

笹村将文

中野紀従

石井敬三

滝川譲

広光喜久蔵

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和五〇年七月二八日付でした、昭和四八年分所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件更正処分等の存在

(一) 原告は、肩書地において桐箱製造の下請業を営む者であるが、昭和四九年三月一三日被告に対し、昭和四八年分(以下、本件係争年分という。)所得税について、総所得金額を一四四万一五〇〇円と確定申告したところ、被告から昭和五〇年七月二八日付で、総所得金額を二七〇万五九四九円とする更正処分及び過少申告加算税額を一万円とする賦課決定処分(以下、本件更正処分等という。)を受けた。

(二) 原告は、右処分を不服として、昭和五〇年八月六日被告に対し異議申立をしたが、被告から同年一一月五日付でこれを棄却する旨の決定の通知を受けた。原告はさらにこれを不服として、同年一二月二日訴外広島国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、昭和五一年七月六日付でこれを棄却する旨の裁決を受けた。

2  本件更正処分等の違法事由

本件更正処分は、以下のとおりその手続に違法があり、かつ所得を過大に認定した違法がある。

(一) 原告は、全国商工団体連合会(以下、全商連という。)傘下の広島県商工団体連合会に属する府中民主商工会(以下、府中民商という。)の会員であるところ、被告は、全商連の組織破壊を目的として、会員の一人である原告の所得調査を行って本件更正処分をしたものであるから、右処分は憲法一四条、二一条一項、二五条及び二九条に違反する。

(二) 被告は、原告の本件係争年分の税務調査を行うにあたり、原告に対し事前通知をせず、質問検査権の行使に際しても原告に調査の具体的必要性及び理由を開示せず、また、原告の同意を得ずにいわゆる反面調査を行った違法がある。

(三) 被告は、原告に対する本件更正処分の通知にその理由を附記しなかったばかりか、原告がした更正理由の開示請求にも応じなかった違法がある。

(四) 原告の本件係争年分の所得金額は、別表(一)の「確定申告額」欄記載の金額であり、本件更正処分のうち右金額をこえる部分については、原告の所得を過大に認定した違法がある。

3  結語

右のとおり、本件更正処分は違法であり、これに基づく過少申告加算税賦課決定処分も違法であるから、その取消を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の各事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実のうち、原告が府中民商の会員であることは認めるが、その余は争う。

(二)  同2(二)の事実のうち、被告が原告の所得税の調査にあたり原告に対し事前通知をせず、調査の具体的必要性と理由を開示しなかったこと及び原告の同意を得ずに取引先の調査を行ったことは認め、その余は争う。

(三)  同2(三)の事実のうち、被告が本件更正処分の通知書に更正理由を附記しなかったことは認め、その余は争う。

(四)  同2(四)の事実は争う。

三  被告の主張

1  原告の所得調査及び推計の必要性

(一) 原告は被告に対し、昭和四九年三月一三日付で別表(一)「昭和四八年分課税処分表」の「確定申告額」欄記載のとおり、本件係争年分の総所得金額を一四四万一五〇〇円、納付すべき税額を八万〇二〇〇円とする確定申告をした。右申告は青色申告書によってなされたが、法定の添付書類である貸借対照表、損益計算書並びに事業所得の金額等の計算に関する明細書が添付されず、単に所得金額の記載があるのみであったため、事業所得算出の基礎となる売上金額、必要経費等を知ることができなかった。また、原告の昭和四七年分所得と本件係争年分の申告所得とを対比すると、他の類似同業者に例をみないほどに落込みを示し、申告所得金額が過少と認められた。そこで、被告は右所得金額の適否について調査することにした。

(二) 府中税務署の調査係官は、昭和五〇年五月一五日以後再三にわたり原告宅を訪問して、原告に対し所得調査に協力するように説得し、本件係争年分にかかる所得計算の資料となる諸帳簿及び原始記録並びに確定申告額の基礎資料の提示を求めたが、原告から具体的資料の提示がなく、また事業内容についても十分な説明がなく、被告の調査に対する協力が得られなかった。そこで、被告はやむをえず原告の取引先等を調査して売上金額を確定し、これに他の同業者の平均的な比率を適用して原告の所得金額を推計する方法をとった。

(三) 被告の行った調査は上記の事情に基づくものであって、原告主張の如き動機に出たものではないから、組織破壊を目的としたとの原告の主張は当たらない。

(四) また、調査の事前通知や調査理由の開示は、所得税法上の質問検査権の要件とされていないし、取得先等の反面調査をするにつき、納税者の同意を要する旨の法令の規定も存しないから、被告に何ら手続上の違法はない。

2  更正理由の附記等を要しないことについて

被告は、前記調査の結果に基づき、昭和五〇年七月二五日、原告に対する本件係争年分以後の青色申告の承認を取消した。したがって、右取消後になした本件更正処分に更正の理由を附記しなかったことにつき、何ら違法の点はない。また、更正理由の開示請求に応じなければならないとする法令上の根拠もない(なお、被告は原告の異議申立に対する決定書中において、更正理由を詳細に記載し、原告に通知したところである)。

3  原告の所得金額算定の正当性

(一) 前記調査結果に同業者の平均比率を適用して計算すると、原告の係争年分の事業所得金額は、別表(一)の更正額欄記載のとおり二七二万七五七六円となり、これに譲渡所得金額△二万一六二七円を加えた二七〇万五九四九円が総所得金額であるから、同表記載の所得控除を施した後の課税総所得金額は二〇〇万二〇〇〇円、算出税額は二八万〇四〇〇円となる。よって、右のとおり更正するとともに、増差額につき国税通則法六五条一項により過少申告加算税を賦課決定したものである。

(二) しかし、その後の詳細な調査によれば、係争年分の総所得金額は、別表(二)「昭和四八年分総所得金額の算出根拠表(その一)」記載のとおり、四八〇万〇五八五円と推計される。したがって、総所得金額を右金額の範囲内(二七〇万五九四九円)と認めてなした本件更正処分は適法である。以下、右算出根拠について詳述する。

(1) 売上金額 一八六〇万〇八二一円

原告の売上金額の内訳及び売上先は別表(三)「昭和四八年分売上金額の明細表」記載のとおりである。

(2) 売上原価 八二〇万一一〇一円

売上金額に別表(四)「昭和四八年分同業者の比率表(その一)」記載の同業者の平均売上原価率四四・〇九パーセントを乗じた金額である。なお、右同業者は、いずれも府中市内において桐箱製造業を営む青色申告者である。

(3) 一般経費 一六五万一七五二円

売上金額に別表(四)記載の同業者の平均一般経費率八・八八パーセントを乗じた金額である。

(4) 特別経費 三七三万三二五六円

〈1〉 外注費 一五二万七一一二円

〈2〉 雇人費(給料・賃金) 二〇九万四二八七円

〈3〉 借入金利子割引料 四万四八九七円

〈4〉 建物減価償却費 六万六九六〇円

以上、いずれも別表(五)「昭和四八年分特別経費の内訳表」に記載のとおりである。

なお、〈4〉の金額は、昭和四五年一二月に新築された原告所有の建物の取得価額一二〇万円から残存価額一二万円を控除した一〇八万円(償却の基礎となる金額)に、耐用年数一六年の定額法による償却率〇・〇六二を乗じて算出した。

(5) 専従者控除額 一九万二五〇〇円

専従者は原告の母オトクで、金額は原告の申告額である。

(6) 事業所得金額 四八二万二二一二円

上記(1)の売上金額から(2)ないし(5)の各金額を控除したものである。

(7) 譲渡所得金額 △二万一六二七円

原告が昭和四四年八月に取得し、事業用として使用していた車両を昭和四八年六月に廃車して売却したので、右車両(減価償却資産)の売却価額一万四〇〇〇円から売却時の未償却残高三万五六二七円を差引いた金額である。

(8) 総所得金額 四八〇万〇五八五円

右(6)と(7)の合計額である。

(三) また、本訴提起後、被告が広島国税局長の指示に基づき、府中税務署管内の桐箱製造業者四名(原告と類似の業態のもの)について青色申告決算書により調査したところ、別表(七)「昭和四八年分同業者の比率表(その二)記載のとおり、平均売上原価率四五・一九パーセント、平均一般経費率九・八五パーセントであった。そこで、仮に別表(四)に代えて右数値を用いて計算すると、別表(六)「昭和四八年分の総所得金額の算出根拠表(その二)」記載のとおり、原告の本件係争年分の総所得金額は四四一万五五四七円となる(算出根拠の詳細は前記(二)に準ずる)。

したがって、右の方法によっても、本件更正処分における総所得金額(更正額)は推計総所得金額の範囲内にあることが明らかであって、過大認定の違法はない。

四  被告の主張に対する原告の答弁

右主張のうち、原告提出の青色申告書に売上金額、必要経費等の記載がなかったこと(被告の主張1(一))、被告が原告の取引先の調査によって売上金額を確定し、同業者の平均比率を適用して所得金額を推計したこと(同1(二)の後段)、被告がその主張の日に原告に対する青色申告書提出の承認を取消したこと(同2)、被告が所得金額の算出根拠として主張するもの(同3(二))のうち、(1)の売上金額、(4)の特別経費、(5)の専従者控除額、(7)の譲渡所得金額がそれぞれ被告主張のとおりであること、以上の事実は認めるが、その余の事実はすべて否認し、その主張は争う。

五  被告の推計の主張に対する原告の反論

1  推計の必要性の欠如

原告は、材料である桐原木の仕入れ金額を算出するための資料(代金の領収証等)をすべて被告に提出した。昭和四八年当時、桐原木についてはいわゆる滅相買(数量や材種の詳細な点検をせず、トラックに積んだままの状態で目見当で評価して売買する方法)が一般に行われていたから、右提出にかかる資料以上に詳細なものを整備することは不可能であった。すなわち、右資料は原告の仕入れ金額の実額を算定するに十分なものであって、被告が必要もないのに安易に推計を行ったのは違法である。

2  推計の合理性の欠如

(一) 原告の工場は府中市の市外地にあって立地条件が悪く、また、その主たる製品はいわゆる薬籠箱であって製造コストがかさみ、他の同業者に比して利益率は低かったから、同業者の平均原価率等を適用することは合理性を欠くものである。

(二) また、同業者の選定基準においても原告の事業規模、立地条件、資材の購入方法、製造品目、受注・納品の態様等原告の特殊事情は一切考慮されておらず、選定された同業者が原告と類似するものか否か不明であって、このようにして得られた平均比率には、何ら合理性がない。

六  原告の所得実額の主張

1  所得実額算出の資料

原告は、本件係争年分の所得実額の資料として、仕入明細(甲第一号証)、仕入先からの領収証(同第二号証の一ないし四七)、棚卸メモ(乙第七号証の一)等を有しており、本件確定申告もこれらの資料に基いてなしたものである。

2  これらによって計算すると、原告の総所得金額は、別表(八)「実額による総所得金額の算出根拠表」中原告の主張額欄記載のとおり、一三三万八八五八円となる(確定申告時における誤謬部分を訂正する)。以下、その算出根拠について詳述する。

(一) 売上金額 一九五五万〇八二一円

製品売上金額一八六〇万〇八二一円に桐丸太売上金額九五万円を合計した金額である。

(二) 期首材料たな卸高 五九三万円

桐丸太四万五〇〇〇才(一才当り一三〇円)分の金額五八五万円と甲板分八万円の合計である。

(三) 仕入金額 一三二三万三八七四円

甲第一号証に基づく一二二八万三八七四円と、訴外山崎十一から仕入れた分九五万円を合計した金額である。

(四) 期末材料たな卸高 六〇六万円

桐丸太四〇〇〇才(一才当り一五〇円)分の金額六〇〇万円と甲板分六万円の合計である。

(五) 一般経費 一〇八万一六六五円

別表(八)原告の主張額一般経費欄内訳記載のとおりであるが、そのうち修繕費については、訴外小林自動車有限会社に支払った二九万八八〇〇円と訴外佐々木機工有限会社に支払った九万円が含まれ、福利厚生費については社会保険料六万三七三三円が含まれる。

(六) 特別経費 三八一万二二九七円

雇人費について、被告の認める二〇九万四二八七円のほかに、訴外井上他三名に支払ったアルバイト料六万二〇〇〇円が含まれ、借入金利子割引料について同様四万四八九七円のほかに、訴外新市農業協同組合に支払った利息一万七〇四一円が含まれる。

(七) 総所得金額 一三三万八八五八円

上記(一)の売上金額から(二)の期首材料たな卸高と(三)の仕入金額を控除し、(四)の期末材料たな卸高を加えたもの(差益金額)が六四四万六九四七円となり、これから(五)の一般経費(六)の特別経費及び専従者控除額(争いがない)を控除すると、事業所得金額は一三六万〇四八五円となる。さらに、譲渡所得の計算上の損失金(争いがない)を控除したものが総所得金額である。

七  原告の所得実額の主張に対する被告の反論

1  被告による実額計算

(一) 原告の援用する資料(前掲各書証)を基礎として(但し、右資料中には明らかに措信できない部分があるので後述のとおり修正する)、原告の所得実額の把握を試みた場合、その計算結果は、別表(八)被告の主張額(一)記載のとおり、四三五万九六三三円となる。以下、原告の主張額と異なる項目につき、算出根拠を述べる。

(1) 期首材料たな卸高 四五八万円

桐丸太四万五〇〇〇才分の単価について、一才当り一〇〇円と評価して、その代金四五〇万円と甲板分八万円との合計額である。原告は一才当り一三〇円として計算する(乙第七号証の一)が、同業者が昭和四七年一二月当時、桐丸太を仕入れた単価が八〇円ないし一〇〇円であったこと、昭和四八年一二月頃には一年前に比べて五割以上値上りしたが、右時点で原告も他の同業者も単価一五〇円で購入していること等に照らすと、昭和四七年一二月当時の単価は一〇〇円とみるのが相当である。

(2) 仕入金額 一二二八万三八七四円

甲第一号証によれば右金額となり、訴外山崎十一からの仕入れ九五万円については、同号証に記載がなく代金領収証の提出もないからこれを除外する。

(3) 一般経費 四三万九九三一円

別表(八)被告の主張額(一)一般経費欄内訳記載のとおりであって、これはすべて甲第一号証の記載に基くものである。なお、原告は同号証記載のほか、訴外小林自動車に修繕費二九万九〇〇〇円を支払ったと主張するが、調査の結果、右は自動車の購入代金であって修繕費ではないと認められる。また訴外佐々木機工に対する九万円の支払も措信し難い。

(4) 特別経費 三七三万三二五六円

原告主張の雇人費のうち、井上他三名に対するアルバイト料六万二〇〇〇円は、甲第一号証に記載がなく、領収証の記載内容も不明確であって信用できない。

また、訴外新市農業協同組合に対する借入金利息は被告において計上ずみ(原告もこれを認める)であって、右以外に主張のような利息(一万七〇四一円)が支払われたとはみられない。

(5) 総所得金額 四三五万九六三三円

その算出の方法(各項目の加算減算)は原告主張のとおりである。

(二) さらに、一歩を譲って、一般経費中の修繕費のうち、訴外佐々木機工に対する支払九万円を原告主張のとおり是認し(訴外小林自動車に対する二九万八八〇〇円は是認できない)、かつ、福利厚生費七万六〇一二円、建物以外の減価償却費一八万九二〇二円をそのまま認めるとしても、別表(八)被告の主張額(二)のとおり、一般経費の合計額は七八万二八六五円(その他の各項目はすべて被告の主張額(一)のとおり)、総所得金額は四〇一万六六九九円となる。

2  上記実額計算による結論

以上のとおり、原告提出の資料に必要な修正を施して原告の所得実額を計算した場合においても、その実額は少くとも四〇一万六六九九円であり、本件更正処分等はその所得金額を右の範囲内の二七〇万五九四九円と認定してなしたものであるから、結局適法、正当である。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証、第二号証の一ないし四七、第三、四号証、第五、六号証の各一ないし三、第七ないし第九号証

2  証人浦上正、同河村日出人、同山崎十一、原告本人(第一、二回)

3  乙第五号証、第七号証の二、三、第一四ないし第一六号証、第一八号証の成立は認める。第一ないし第四号証のうち、府中税務署長作成部分、第七号証の一のうち税務署員作成部分を除くその余の部分、第九号証の一、二のうち郵便官署作成部分及び第一一号証のうち裁判所作成部分の成立は認め、その余の各部分の成立は知らない。

その余の乙号各証の成立は知らない。

二  被告

1  乙第一ないし第六号証、第七ないし第九号証の各一ないし三、第一〇ないし第一九号証

2  証人宮本利光、同小川儀市、同広光喜久蔵(第一、二回)

3  甲第三、四号証の成立を認め、その余の甲号各証の成立は知らない。

理由

一  請求原因1(本件更正処分等の存在)は当事者間に争いがない。また原告の確定申告から審査請求棄却に至るまでの経緯と内容が被告主張(別表(一))のとおりであることも、原告において明らかに争わないところである。

二  先ず、本件更正処分等の手続上の違法事由として原告が指摘する点について判断する。

1  被告が原告の所属団体の組織破壊を目的として原告の所得調査を行い本件更正処分等をしたとの点は、全立証によってもこれを認めるに足りない。

2(一)  被告が原告の所得調査を行うにあたって事前通知をせず調査の具体的必要性と理由を開示しなかったこと及び原告の同意を得ずにその取引先の調査を行ったことは、当事者間に争いがない。

しかし、所得税法二三四条一項による質問検査の実施にあたって、事前通知や調査理由の個別的、具体的な告知を要求し、また、いわゆる反面調査につき納税者の同意を要件とする法律上の根拠はない。右にいう質問検査の必要があり、かつ、その必要性と相手方の私的利益との衡量において、社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、その方法は税務職員の合理的な判断と選択に委ねられていると解すべきである。

(二)  本件について検討すると、証人宮本利光の証言及び原告本人尋問(第一回)の結果を総合すれば、担当の税務職員である宮本は、原告の本件係争年分及び昭和四九年分の所得調査をするため、昭和五〇年五月一五日原告宅を訪問して原告に面接し、確定申告書に決算書が添付されておらず所得金額が前年度より下っていたから所得の調査に来たと告げ、決算書、帳簿書類、原始記録の管理状態、事業内容及び取引先・仕入先等について原告に質問し、帳簿書類等の提示を求めたこと、これに対し原告は、事業内容、取引先、仕入方法について返答したものの、決算書や帳簿は作成していないし領収証も全部は保存していないと返事をして書類等の提示を断わった上、当日は集金日なので翌日あらためて来てほしい旨を告げたこと、その翌日、宮本は前後二回原告宅に赴き、帳簿書類等の提示を求めたが、原告は、領収証はあるがまだ整理ができていないので見せられないと言って断わったこと、そこで宮本は、原告の取引先である訴外ひろしま木工や浦上工芸等に赴いて原告との取引額等の調査を行ったこと、以上の事実が認められる。

(三)  右のように、宮本の調査初日においては事前通知をしていなかったが、当日は事業内容や取引先等について聴取したにとどまり、帳簿の検査等は原告の指定する翌日以降に持越された(結局実現しなかった)ものであるし、調査を行う理由についても、概括的ながら説明していないわけではない。また、原告が帳簿書類の提示を拒む以上、その取引先(原告が明らかにしたもの)について調査を行うことを不当とする理由は見出し難い(なお、原告本人は、宮本との間で、原告が計算関係を整理する間、取引先の調査をしないとの約束が成立したかのように供述するけれども、宮本の証言と弁論の全趣旨に照らし措信できない)。

結局、被告(担当職員)が原告及び取引先に対して行った本件税務調査は、社会通念上相当な範囲を超えるものではなく、これを違法とする原告の主張は採用できない。

3  次に、本件更正処分の通知書に更正理由の附記がなかったことは当事者間に争いがないが、更正の理由付記は、青色申告書にかかる年分の総所得金額等を更正する場合に要求されるものである(所得税法一五五条二項)ところ、被告が本件更正処分に先立つ昭和五〇年七月二五日、原告に対する本件係争年分以降の青色申告書の提出承認を取消したことは当事者間に争いがないから、被告が本件更正通知書に更正の理由を附記しなかったことを違法とする原告の主張はあたらない。

三  そこで、原告の本件係争年分の総所得金額について検討する。

1  被告が原告の事業所得金額を算出するにつき、その把握した原告の売上金額に同業者の平均売上原価率及び平均一般経費率を適用して売上原価及び一般経費を推計する方法をとり、これに基いて本件更正処分を行ったことは当事者間に争いがない。

一般に、このような推計によって得られた所得金額が、真実の所得金額(実額)と一致せず、両者の間に誤差を生ずることは必然であるから、課税庁としては、その必要性が乏しいのに安易に推計の方法を用いることは許されず、もしこれが濫用にわたると認められる場合は、推計に基づく課税処分は違法の評価を免れない。そして、右の必要性が肯定されるのは、納税義務者の帳簿書類が全く存在しない場合、存在してもその内容が不備であって、納税義務者の説明や反面調査等によっても補完できない場合、納税義務者が帳簿書類の提示を拒み、他に所得の実額を知る方法がない場合等であろう。

本件において、被告の調査に対する原告の対応は既に認定したとおりであって、被告としては原告の所得実額を明らかにする資料・方法を有しなかったと認められる(なお、原告が本件訴訟において実額立証のため提出する前掲甲第一号証、第二号証の一ないし四七等は、被告の調査時ないし本件更正処分等の当時、被告に提示されていなかったことが、弁論の全趣旨によって認められる)から、上述の推計の必要性を優に肯認することができる。

2  もっとも、本件訴訟においては、原告は右のとおり所得実額認定の資料を提出するとともに自らその実額を算出、主張し、一方、被告においても右資料を基礎に(但し、措信できない部分があるとして修正を加えたうえ)、実額を算出するところである(別表(八))。上述のとおり実額の認定が可能であるかぎり、推計を避けて実額によるべきものであるから、以下これにつき検討を加える。

(一)  原告の係争年分の売上金額が製品売上金額一八六〇万〇八二一円と桐丸太売上金額九五万円との合計額一九五五万〇八二一円であること、専従者控除額が一九万二五〇〇円であること及び譲渡所得金額の計算上の損失が二万一六二七円であることは当事者間に争いがない。

(二)  期首材料たな卸高のうち甲板八万円、仕入金額のうち甲第一号証の仕入明細欄記載の金額合計一二二八万三八七四円、期末材料たな卸高六〇六万円についても当事者間に争いがない。

(三)  そこで、期首材料たな卸高のうち、桐丸太四万五〇〇〇才分について検討するに、成立に争いない乙第七号証の一には、「昭和四七年一二月末丸太四五、〇〇〇才、五八五、〇〇〇、一才一三〇」との記載があり、原告本人(第一回)も当時の単価が一三〇円であったと述べるけれども、他方弁論の全趣旨によって成立を認める乙第八号証の一ないし三、同第九号証の三、四、証人広光喜久蔵(第二回)の証言により成立を認める同第一七号証並びに証人小川儀市、同広光喜久蔵(第二回)、同河村日出人の各証言を総合すれば同業者である訴外浦上工芸や第一工芸においては桐丸太の単価を約一〇〇円と、訴外双羽製作においては桐小丸太の単価を八〇円と評価していたこと、昭和四八年末には価格が一年前に比べて約五割の高騰を示し、単価が約一五〇円となったことが認められる。また、前掲乙第七号証の一は、それ自体一枚のメモであって、たな卸表の通念に副うような明細を欠き、その内容に疑問なきを得ない。これらの点に照らし、昭和四七年末の桐丸太の単価は一〇〇円、四万五〇〇〇才の価額は四五〇万円と認めるのが相当である。右金額と前記甲板分八万円とを合計すると、期首材料たな卸高は四五八万円となる。

(四)  次に、仕入金額のうち、原告が訴外山崎十一から仕入れたと主張する九五万円分について検討するに、この点に関する証人山崎十一の証言はあいまいで到底その証拠とするに足りず、他にこれを認めるべき証拠もない。従って、仕入金額は前記争いのない一二二八万三八七四円の限度でこれを認める。

(五)  よって、係争年分の差引材料費(売上原価)は、前記期首材料たな卸高と仕入金額の合計額から期末材料たな卸高を控除した一〇八〇万三八七四円となる。

(六)  一般経費のうち、修繕費の一部(訴外小林自動車への支払分二九万八八〇〇円)を除くその余の合計額七八万二八六五円については、当事者間に争いがない(別表(八)の被告の主張額(一)(二)は選択的に主張する趣旨と解せられるから、右(二)による)。そこで、右二九万八八〇〇円について検討するに、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一九号証によれば、右金員は原告が購入した中古普通自動車(福山五五つ七一九七)の代金の一部であることが認められるので、右金額を原告の修繕費に算入することはできない。従って、一般経費の額は七八万二八六五円となる。

(七)  特別経費について、外注費一五二万七一一二円、雇人費のうち二〇九万四二八七円、建物減価償却費六万六九六〇円、借入金利子割引料のうち四万四八九七円の範囲で当事者間に争いがない。

雇人費のうち、原告が訴外井上他三名に支払ったと主張する六万二〇〇〇円についてはこれに副うものとして甲第八号証(領収証)が存し、原告本人尋問の結果(家族のほか近所の二、三人を使ったこともある旨)と併せてこれを認めることができなくもないから、争いのない金額に右六万二〇〇〇円を加えた二一五万六二八七円と認める。

借入金利子割引料のうち、原告が訴外新市農協に支払ったと主張する一万七〇四一円について、弁論の全趣旨により成立を認める甲第九号証によれば、原告が昭和四八年三月三〇日、同農協に対し借入残金二八万円の利息として一万七〇四一円を支払ったことが認められ、これに反する証拠はないから、前記争いのない金額に右を加算した六万一九三八円と認める。

よって、本件係争年分の特別経費の額は、以上の合計額三八一万二二九七円と認められる。

3  以上によって原告の本件係争年分の所得の実額を算定すると、別表(八)認定額欄記載のとおりであり、結局、原告の本件係争年分の総所得金額は、売上金額一九五五万〇八二一円から、差引材料費(売上原価)一〇八〇万三八七四円、一般経費七八万二八六五円、特別経費三八一万二二九七円、専従者控除額一九万二五〇〇円及び譲渡所得の計算上の損失金二万一六二七円を差し引いた三九三万七六五八円と認定される。

四  そうすると、被告の推計による原告の総所得金額二七〇万五九四九円は、実額計算による総所得金額を下廻ってその範囲内にあることが明らかであり、右推計額を基礎としてなされた本件更正処分には、所得を過大に認定した違法はない。従ってまた、右更正に基づき国税通則法六五条一項を適用してなした本件過少申告加算税賦課決定処分も適法である。

五  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田川雄三 裁判官 山森茂生 裁判官 土生基和代)

別表(一)

昭和四八年分課税処分表

〈省略〉

別表(二)

昭和四八年分の総所得金額の算出根拠表(その一)

〈省略〉

別表(三)

昭和四八年分売上金額の明細表

〈省略〉

右表中、(株)は株式会社、(有)は有限会社の略である。

別表(四)

昭和四八年分同業者の比率表(その一)

〈省略〉

適用比率は、同業者AないしDの各率の算術平均値(%)である。

別表(五)

昭和四八年分特別経費の内訳表

〈省略〉

別表(六)

昭和四八年分の総所得金額の算出根拠表(その二)

〈省略〉

別表(七)

昭和四八年分同業者の比率表(その二)

〈省略〉

適用比率は、同業者BないしEの各率の算術平均値(%)である。

同業者BないしEは、いずれも府中税務署管内の青色申告者である。

別表(八)

実額による昭和四八年分の総所得金額の算出根拠表

〈省略〉

〈省略〉

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